南直哉先生と歩く祈りの道”受け継がれる祈り”【後編】ーーー恐山は、歩かなければ分からない。

南直哉先生と歩く祈りの道”受け継がれる祈り”【後編】ーーー恐山は、歩かなければ分からない。

2026.08.29

後編では、恐山に受け継がれてきた人々の祈りを巡ります。

後編では、前編の最後に先生が指さされた「草を結ぶ」という不思議な風習をはじめ、風車や賽の河原、極楽浜など、恐山に今も受け継がれている人々の祈りを巡ります。

前編に続き、今回も南先生の後ろ姿を追いかけながら、一緒に恐山を歩くような気持ちでご覧いただけたら幸いです。

▷▷前編はこちらから。

恐山「地獄めぐり」岩場でお話をされる南直哉先生

恐山「地獄めぐり」岩場でお話をされる南直哉先生

 

南直哉先生
INTERVIEW
南 直哉
MINAMI JIKISAI
霊場恐山菩提寺院代・福井県霊泉寺住職

1958年長野県生まれ。曹洞宗僧侶として大本山永平寺で約20年修行した後、2005年より霊場恐山菩提寺院代に就任。多くの参拝者と向き合いながら、仏教や「生と死」をテーマに執筆・講演活動も精力的に行われています。

BOOKS
『恐山―死者のいる場所―』/『老師と少年』/『超越と実存』/『苦しくて切ないすべての人たちへ』など

 

賽の河原に伝わる祈り

慈覚大師堂をあとにすると、先生はそのまま坂を下り、極楽浜へ向かって歩き始めました。

火山岩がごろごろと転がる道を、先生に続き足元に気をつけながら降りていくと、少しカラッと乾燥した印象を受けるひらけた場所が見えてきます。

小石がいくつも積み上げられたその場所の前で、先生は足を止め、静かに指をさされました。

南先生
「ここが賽の河原ね。」

先生は石積みを見渡しながら、静かにお話を続けます。

恐山「地獄めぐり」に広がる「賽の河原」

恐山「地獄めぐり」に広がる「賽の河原」

南先生
「賽の河原ってね、三途の川はお経に出てくるんだけど、賽の河原は違うんです。」 「お経には出てこない。日本で生まれた仏教説話なんですよ。」

親より先に亡くなった子どもたちは、親孝行ができなかった代わりに、小石を積んで塔を築き、仏様に供養して、その功徳を親へ届けようとします。

ところが、塔ができあがるたびに鬼が現れ、それを壊してしまう。だからまた石を積み、また壊される。

「賽の河原の石積み」が、報われない努力のたとえとして使われるのは、この説話が由来なのだそうです。   ところが――。

南先生
恐山は、ちょっと違う。続きがあるんですよ。

先生はそう言って、今度は私たちの足元を指さされました。

南先生
「ほら、ここ。草、結んであるでしょう。」

 

恐山・地獄めぐりの岩場にあった結ばれた草

「結ばれた草」が恐山には点在していた

 

草が結んであるわけ

そう、前編の最後「これ、なんだと思う?」と先生に問いかけられた、あの草です。   先生は結ばれた草を見ながら、お話を続けます。

南先生
「石を積むでしょう。鬼が来て壊すでしょう。子どもは怖くなって逃げるでしょう。」 「鬼は、それを面白がって追いかけるんですよ。」

そして先生が、結ばれた草を指さしながら一言。

南先生
その鬼を転ばすんです、これで。

 

巡縁編集部
「あ、なるほど。」

思わず声がもれました。 結ばれた草は、鬼から少しでも子どもを守りたいという親の切ない願いが込められた形だったのです。   先生は続けます。

南先生
「でもね、こういう話って長い年月の中で、だんだん忘れられていくんですよ。」

今、草を結んでいる方の中にも、この由来まで知っている方は決して多くないのかもしれません。

南先生
「そうすると、いわれがわからないまま、恐山にお参りしたら、供養で草を結ぶんだよ、みたいな話に変っていく。」

そこで先生は最近、こんな案内を添えられているそうです。

南先生
どうぞ恐山ともご縁を結んでください。

それは、恐山を訪れた方に大切な亡き人を思い、その気持ちを託す行為の一つとして、この祈りを今も受け継いでいただきたいという願いなのだと感じました。

巡縁編集部が草を結ぶ様子

張り切って何個も草を結んできました。しっかり、恐山とご縁が結ばれたことと思います。片結びです、結びやすい草なのもまた興味深かったです。

 

真っ白になる木々

賽の河原でのお話を伺いながら歩いていると、先生は今度は少し先の林を指しました。

南先生
「ほら、あそこ。」 「7月の大祭が終わるころになると、あの木、全部真っ白になるんですよ。

先生が指さす先には、何本もの木が並んでいます。

巡縁編集部
「え?」

思わず木々を見つめます。 まだ青々とした葉が茂る、ごく普通の林です。

南先生
「なんでだと思う?」

――全然わかりません。そしてちょっとワクワクするような怖いような。

先生はそのまま答えを言うことなく、 「はい、行くよ。」   そう言うと、またスタスタと歩き始めました。 私たちも慌てて後を追います。

先生の後を追ってたどり着いたのは、八角堂でした。

 

恐山・八角堂

「八角堂」が青空に映えていた

八角堂には、賽の河原のお地蔵様とされる地蔵菩薩がおまつりされています。 恐山で最も古い仏様ではないか、とも伝えられているのだそうです。

先生に続き堂内に入ると、新品の子ども服、小さな靴、おもちゃ、写真、時計、眼鏡……。 「人が生きた痕跡を感じられる」様々な物が、所狭しとあふれんばかりに置かれていました。

先生はここで一度、真新しい革ジャンを見かけたことがあるそうです。

南先生
「きっと亡くなった方の成長に合わせて、新しい服を持って来られる方もいるんじゃないかな」

亡くなった方は、生きている人の心の中で、今も大きな存在であり続けている。 先生がご著作の中で「死者は生きている」と表現された意味が、少しだけわかった気がしました。

 

もし恐山を訪れる機会がありましたら、ぜひ足を止めて、この場所をご自身の目でご覧ください。この場所にどれだけ抱えきれない言葉にならない想いを託している方々がいるのか、そして、あの世にいった大切な人の存在にどれだけ助けられているのか、そんな交流が垣間見られた気がしました。

 

南直哉先生のご著書『恐山』にも、この場所に込められた信仰や人々の思いが丁寧に綴られています。参拝の前後に読まれると、恐山そのものの見え方も、きっと少し変わると思います。

本当におすすめなのでぜひご覧ください。

VISIT INFORMATION
恐山でご祈祷・ご供養をご希望の方へ

八角堂・本堂へのお供えや、ご祈祷・塔婆供養・各種法要をご希望の方は、事前に寺務所へお申し込みください。詳しい内容やお申し込み方法は、霊場恐山の公式ページをご確認ください。

BOOK GUIDE
恐山をもっと深く知りたい方へ

今回ご案内くださった霊場恐山菩提寺院代・南直哉先生は、ご著書 『恐山―死者のいる場所―』 (新潮新書)の中で、恐山に受け継がれてきた信仰や、「死者が生きている」という考え方、人々がこの地へ足を運ぶ理由について、ご自身の体験を交えながら丁寧に綴られています。

恐山を訪れる前にも、訪れたあとにも、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。

RECOMMENDED BOOK
『恐山―死者のいる場所―』
著者|南 直哉 出版|新潮社・新潮新書 価格|968円(税込)

 

真っ白になる木々の理由

さて、八角堂を出ると、先生は先ほど指さされた木々の近くに足を止めました。

南先生
「さっき、7月の大祭が終わるころになると、このあたりが真っ白になるって話をしたでしょう。」

先生が指し示した方向に目を向けます。なるほど先ほど白く見えたのは、木に結ばれた数多くの手拭いだったのですね。

南先生
「最初に見たときはね、白樺がくたびれているのかと思ったんですよ。」

先生が笑いながら話を続けられます。私たちも思わず笑ってしまいました。

しかし、先生が笑わなければ笑っていいのかわからなかったほど名前の書かれた手拭いには、確かに誰かの願いがこもっていることが伝わってくる存在感がありました。

南先生
「恐山はね、亡くなった人の世界が繋がっていて、行き来ができると伝えられてきた場所なんですよ。」

だから、死者があの世から長い道のりで汗をかくだろうと手ぬぐいを結ぶ。道中でわらじが切れたら履き替えられるように、名前を書いたわらじを供える。飲み物が供えられていることもあります。

そして先生は、こう続けました。

南先生
「こういう信仰はね、お坊さんが作ったものじゃないんですよ。」 「参拝に来た人たちが始めたことが積み重なって、今の恐山の信仰になっているんです。

 

風車に込められた祈り

ここまで、恐山に受け継がれてきた民間信仰について伺ってきました。そして、もう一つ忘れてはならないものがあります。 それは恐山を象徴する風景の一つ、風車(かざぐるま)。

先生によると、風車はもともと、早く亡くなった子どもが遊べるようにと、ご家族が手作りしてそっと恐山に奉納していたものでした。

現在では、硫黄にやられて生花がもたないため、お花の代わりにと風車が授与・販売されるようになり、多くの方が供えられるようになったのだそうです。

南先生
「昔はもっと手作りの風車を見かけたね」

先生は、少し懐かしむように話してくださいました。

竹をさき、和紙を貼り付け亡き人を想いながら風車を作る、大切な人を思いながら手を動かす家族の姿が脳裏に浮かんできました。

恐山 地獄めぐり 「八角堂」前の小さな池に睡蓮が咲いていた

「八角堂」前の小さな池に睡蓮が咲いていた

 

七色に輝く宇曽利湖と極楽浜

「じゃあ、次。」

先生の後を追って歩いていくと、さっと視界が大きく開けました。

目の前に広がっていたのは、白い砂浜と、どこまでも透き通る宇曽利湖(うそりこ)。 極楽浜です。

南先生
「今日はいいね。」 「風がないから、鏡みたいになってる。」

この日は湖面がほとんど揺れておらず、空や山々がそのまま映り込んでいました。

青森・むつ市・恐山・宇曽利湖

巡縁一同のカメラではこれが限界でしたが、実際には、少し黄色い部分や、赤い色も確認することができました。雲が動き、湖面を輝かせる様子など「死ぬまでに一度みたい世界の絶景」に個人的に認定です。

 

南先生
「もう少し上の方まで映ると、山が逆さに映るんだけどね。」

先生が宇曽利湖を指されます。まるで一枚の絵画のような景色が広がります。

南先生
「こっちの人はね、『七色の湖』って言う人もいるんですよ。」

宇曽利湖はカルデラ湖のため、岸を少し過ぎると湖底が急に深くなるのだそう。そのため湖面の深さと光の当たり方によって、水の色が青や緑、透明へと移り変わります。

さらに硫黄などの鉱物の影響で、黄色や赤みを帯びて見えるため、地元では「七色の湖」と呼ばれます。

立派なカメラを携えた人がその宇曽利湖をおさめようと何日も通う姿も見かけたことがあるそうです。

 

恐山は、地獄の先には、こんなにも静かで、美しい「極楽」が待っていました。

 

地獄めぐりの荒々しい岩肌を歩いてきたあとに、この異次元の湖の美しさ。景色の振れ幅が凄すぎます、吸い込まれそうな湖にすっかり心奪われました。

 

なお、この極楽浜では、亡き人の魂を呼ぶ「魂呼び(たまよび)」という祈りの儀式が行われることもあります。 この「魂呼び」については、巡縁ライター・Ryoさんの記事でご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。

恐山は、行かなければわからない場所でした

南先生とご一緒した恐山めぐり、いかがでしたでしょうか。

 

今回ご紹介したのは、恐山のほんの一部です。 恐山には、不老長寿の霊水と伝わる「恐山冷水」、供養の道場である本堂、宇曽利湖畔に建つ震災慰霊塔など、多くのこころ動かされる場所があります。

ぜひ、ご自身の足で歩き、硫黄の匂いを感じ、恐山の空気を感じてください。その時に、今回のレポートが少しでもお役に立てれば光栄です。

 

恐山は、決しておどろおどろしい場所ではありませんでした。 けれど、軽い気持ちで通り過ぎられる場所でもありませんでした。

 

個人的な話で恐縮なのですが、実は恐山から帰ってきたあとしばらく困ったことが起こりました。   家族の何気ない日常を見ているだけで涙があふれてしまう。 朝の光の中、学校へ向かう子どもたちの背中。「行ってきます」と交わす、いつもと変わらない朝のあいさつ。 普段なら忙しさの中で見過ごしてしまう景色が、当たり前ではないのだとただただ感動が連続する数日を過ごしました。

今では、またいつものように、 「早く準備して! 遅れるよ!」なんて大声をあげる慌ただしい毎日に戻っていますが。

 

私にとって恐山は、圧倒的リアルな『死』の存在を突きつけられることで、日々の忙しさの中で忘れかけていた「生きていることへの感謝」を思い出させてくれる場所でした。

そして、もし「死」がやってきて、自分が「0」になった時にこんな場所にいたら幸せだなとも感じました。

 

恐山で感じるものは人それぞれ違うと思います。 今回の巡縁の記事が、皆さまが恐山を訪れるきっかけとなり、その祈りをより深く感じていただける一助となれば嬉しく思います。

また、先生のご著作『恐山』を読んでから歩くと、目の前の景色や、一つひとつの祈りが、きっと違って見えてくるはずです。恐山は、写真だけでは伝わりません。 動画だけでも伝わりません。 歩いて、感じて、初めてわかる場所でした。

 

ぜひ人生で一度だけでもいいので、この祈りの地を訪れてみてください。

最後になりましたが、南直哉先生、貴重な機会をいただき本当にありがとうございました。

極楽浜の震災供養塔の前に佇む南直哉先生

極楽浜の震災供養塔の前に佇む南直哉先生。

TEMPLE INFORMATION
霊場 恐山菩提寺
住所
〒035-0021 青森県むつ市田名部字宇曽利山3-2
アクセス
JR大湊線「下北駅」から バスで約45分/車で約30分

公式ホームページはこちら →

EDITOR PROFILE
この記事を書いた人

巡縁編集長

EDITOR IN CHIEF
巡縁編集長

巡縁編集長。SNSの中の人。2026年4月より編集長に就任しました。寺社仏閣に詳しくなくても楽しめる、お寺や神社の魅力を発信中。全国を巡りながら、「行ってみたい!」と思っていただける記事を目指しています。

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▷▷ライター|巡縁編集長

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