2026.05.10
皆さん、こんにちは。二文字屋 利左衛門です。
突然ですが、人はどんなときに旅に出るのでしょう。
仕事に区切りがついたとき。
人生の節目に立ったとき。
あるいは、もう何もかも投げ出してしまいたくなったときかもしれません。
え?前回の続きで、袈裟の話じゃないの?
…まあ、ちょっと寄り道をしながら進みましょう。
私はまだ二十代の頃、お釈迦さまの足跡を辿る旅に出ました。
といっても、人生の節目でもなければ、苦難にあったわけでもありません。
仏教が生まれたインドという国を見てみたい。
お釈迦さまってどんな人で、どう生きておられたのだろう。
生誕の地、悟りの地、初説法そして涅槃まで、その足跡を辿ってみたい。
そんなふうに思っていたところ、偶然「一緒にインドに行かないか?」という誘いが。
そういえば「インドは人を呼ぶ」と旅慣れた友人が言っていたな。これもそんな不思議なご縁かと、思い切って旅に出ることにしました。

初めて訪れたインドは、日本とはまるで別世界。
街は美しく整えられ、洗練された景色が広がって…いるはずもなく。
群がる虫を気だるそうに尻尾で払いながら、道路の真ん中で牛がゴロンと横たわり、
のんびりした牛たちとは対照的に、雑然とした街は喧騒に満ちている。
「インドは人を呼ぶ」って聞いていたけれど、
むしろ知らないインド人が、やたらと私を呼ぶ。
「ヘイ、ジャパン!」「コンニチワ、サー!」「トモダチ!」
道を歩くだけで、声が渦のように押し寄せる。
振り向けば満面の笑顔、そして手招き。
親切心からなのか、金目当てなのか、とにかくエネルギーの洪水のような国。

ようやく走り出したバスの窓から見える朝日が、ゆっくりと畑をなぞっていく。牛が鈴を鳴らしながら重い体を起こし、名も知らぬインドの片田舎に生命の輝きが満ちていく。
きっとお釈迦さまが見た景色も、大きくは変わらないのだろう。やっぱり来てよかったな。
道路と呼べるのかも分からないような未舗装路では、段差を越えるたびに身体が大きく跳ね上がり、低い天井に頭をドンとぶつける。
そんなことはお構いなしに、聖地へ向かう泥だらけのバスは延々と走り続ける。
同じインドでも、これだけ距離が離れていたら、きっと言葉も文化も違ったはず。お釈迦さまの説法は、ちゃんと伝わっていたのだろうか。
言葉は届かなくても、その佇まいを一目見ただけで人を惹きつける。お釈迦さまって、そんな方だったのかな。
何度も頭をぶつけながら、ぼんやりと、そんなことを考えていたのを思い出します。
…このままだとインド旅行記になってしまいそうなので、そろそろ袈裟の話に戻りますね。
さて、お釈迦さまの教えとともに、すべての仏教国へと広まっていった袈裟。それは仏教を信じる者の「旗印」だとお伝えしました。
けれど、なぜ袈裟がそれほどまでに大切なのか、まださっぱり分からないですよね。
その秘密を紐解くために、今回は袈裟が生まれるきっかけになった物語をお伝えします。
袈裟が生まれたのは、今からおよそ2500年前。
では、いったいどこの誰が考え出したのでしょうか。
ちょっと想像してみてください。
世界中の仏教徒が、皆等しく身に着けている、
そんな「袈裟という名の不思議な布」を誕生させたのは、いったい誰なのでしょう。
それはズバリ
お釈迦さまご本人です。

そうです。なんと袈裟は、お釈迦さま自らが考案されたものなのです。
お釈迦さまご自身が考えられたそのままに、今もしっかりと受け継がれているのです。
姿かたちだけではなく、そこにはお釈迦さまの教えもたくさん詰まっています。
では、その教えとは、いったいどのようなものだったのでしょうか。
仏教はお釈迦さまがお悟りを開かれたことから始まった教えです。
誤解を恐れず、あえて簡単に言ってしまえば、
「世の中に満ちる多くの苦しみに深く悩まれたお釈迦さまが、その苦の正体に気づき、受け入れ、多くの迷える人々を導かれた教え」
ということになるのでしょう。
現代では、仏教は「お葬式」や「死後の世界」と結びつけて語られることが多いかもしれません。けれどお釈迦さまご自身が説かれたのは、「今を生きる苦しみ」そのものに向き合う教えでした。
どうすれば、この苦しみに満ちた世から離れることができるのか。
そんなお釈迦さまの教えに導かれ、多くの弟子たちが集まってきます。

できるだけ質素であるべきだというお釈迦さまの教えに反し、贅沢で華美な衣装をどうしても手放せない人々。それに反発するように、「これこそが欲を手放した究極の姿だ」と、生まれたままの姿で歩き回る人々。そんな極端な考えをもつ人たちまで現れるようになりました。
当時のお釈迦さまが修行の拠点の一つにしていたのは、マガダ国という大国です。
その国を治めるビンビサーラ王は、お釈迦さまの教えを信じ、深く敬っていました。
ある日、王様が象に乗って出かけたところ、前方から仏教徒と思われる修行僧が歩いてきます。
それに気づいた王様は、象から降りて丁寧に礼拝します。尊敬するお釈迦さまのもとで修業する僧への敬意をあらわしたのですが、実はそれは、全く異なる教えを信じる修行僧でした。
困ったビンビサーラ王は尋ねます。
「お釈迦さまの教えを正しく守る仏弟子と、それ以外を見分ける方法はありますか」と。
どうしたものかと、頭を悩ませていたお釈迦さま。
それは、南方の町まで説法に出かけた帰り道のことでした。
ようやく山道を抜けたお釈迦さまが目にしたものは…
続きはまた次回に。

■ 次回は6月配信予定!お楽しみに!