2026.04.10
皆さんこんにちは。二文字屋 利左衛門と申します。
私は、京都の宇治にある黄檗山萬福寺を本山とする、「黄檗宗」を専門とする法衣店の長男として生まれました。
わが家は、先祖代々、黄檗宗の法衣だけを作り続けてきた家です。
え、代々続く法衣店?そんな家に生まれるなんて、ちょっとしんどそうだな。
そんな風に思われるかもしれませんね。
京都の町がようやく動き出す。そんな朝早くから、いつも狭い仕事場で針仕事をしていた父。
座布団にどっしりと座り、指先では、針がまるで生き物のように動いている。
反物を広げたときにふわりと立ち上る香り。衣擦れの音。
思い出すのは、そんなことばかり。
幼い頃からゴロゴロと過ごしていたのは、いつも仕事場。祖父と父が、静かに仕立てをしている。その事実だけが毎日そこにありました。
家業として続く法衣店に生まれたことは、まだ幼い私にとって「誇り」でも「重み」でもなく、ただそこにある、あたり前の日常でした。

作文に書いた将来の夢は、「衣を縫う人」
「僕が大人になったら、園長先生に衣を作ってあげるからね」そんな約束をするような子どもでした。
幼いころから、「法衣」というものに、どこか惹かれていたのでしょう。
自分では全く意識していなかったけれど、
いずれこの仕事を受け継ぐことは、心のどこかで決めていたのかもしれません。
そんな私が受け継いだ「16代目 利左衛門」という名。
歌舞伎の世界でいうところの「団十郎」や「吉右衛門」のように、店を受け継ぐ人間が代々世襲してきた名前です。
時代劇にでも出てきそうな、ちょっと古い名前ですので、初対面の方とお話しするときには、必ず興味をもってくださいます。説明するのが、実は密かな楽しみでもあります。
代々、同じ仕事をして、同じ名を名乗る。
それはちょっと不思議な感覚なんです。
自分の人生でありながら、自分の人生ではない。
とんでもなく長生きな「利左衛門じいさん」という、ひとりの人間の、ほんの一部を生きているような気持ちになってきます。
そんな、利左衛門という名前。
16、15、14…と、その代をさかのぼっていくと、当然のことながら初代へと行きつくのですが、その初代 利左衛門 が生きた時代は、江戸初期のこと。
黄檗山萬福寺を開かれた、隠元禅師が、まさに生きておられた時代です。隠元禅師は1654年に海を渡り、日本へ仏法の明かりを灯されたのですが、同時に、多くの新しい文化も運んでこられました。
最先端の文化や技術とともにやってきた、隠元禅師ご一行。当時の人々には、まぶしく輝いて見えたそうです。
そんな多くの僧侶とともに、船団の一員として海を渡った法衣職人がいました。
それこそが私の先祖である、初代 利左衛門です。
そんなご縁から始まった、とんでもなく長生きな「利左衛門じいさん」は、360年も生き続け、いまもなお、黄檗宗の法衣を作り続けています。


さてさて、自己紹介はこれくらいにして、
それでは、私が作っている法衣とは、いったい何なのか。そんな話から始めていきましょう。
さて、私は「法衣店」や、「法衣師」を名乗っていますが、そもそも「法衣」とは何のことなのでしょうか。
え? 和尚さまが着ているものは、すべて法衣じゃないの?それとも、特別な衣装のみを法衣と呼ぶのかな?
普段、お寺との関わりがあまり多くない方にとっては、きっとそんな認識かもしれませんね。
実は、「法衣」と「それ以外」では、仏教においての重要性が天と地ほど違います。
法衣とは何かということを知っていただくのが、
じつは今回のお話の、とても大切な入口になってくるのです。
さあ、では法衣と何でしょうか?
あ、そういえばよく聞かれるのですが、
この法衣という字、「ほうい」とも「ほうえ」とも読むのです。ほういてん、ほうえし、です。どちらで読んでも同じ意味です。
いや、そんなこといいから早く教えてよってなりますよね。ごめんなさい。
法衣とはなにか。
結論から言うと、それは「袈裟」のことです。
袈裟とは、和尚さまが法要の際に肩から斜めに掛けておられる、あの布です。
ときには、小さな四角い布をエプロンのように掛けておられる姿を目にしたことがあるでしょうか。実は、あれも袈裟です。

宗派によっては、細長いたすきのような形をしているものもあります。
西国三十三所巡礼やお遍路を巡る方々が首に掛けている、短い短冊に紐が付いたようなもの。それも袈裟です。
半袈裟、輪袈裟などと呼ばれています。もともとは、大きな袈裟を折りたたんで首に掛けていたものが、次第に簡略化されていった形です。
いままで、あまり気にしていなかっただけで、お寺に行くと、きっと色々なところで、袈裟を目にしていると思いますよ。
実は、法衣が袈裟のことだけを指すのかどうか、ちょっとだけ意見が分かれるのですが、仏教にとって「袈裟がもっとも大切だ」ってことは間違いありません。
では、その袈裟というものは、一体いつから存在しているのか、ご存じですか。
江戸時代でしょうか。
それとも鎌倉時代でしょうか。
いやもっと古く、仏教が日本で大きく花開いた、聖徳太子の頃でしょうかね
実はその時代は、ずっとさかのぼって、紀元前500年頃だと言われています。
それは、お釈迦さまが生きておられた時代。いまからおよそ2500年前のことです。
仏教とともに各地に広がり、仏教徒のいるところであれば、袈裟は必ず存在しています。
うちの国では使いません。なんていう例外はありません。

いまではすっかり旅に出なくなった私も、若い頃はたくさんの仏教国を訪れました。
お釈迦さまの足跡を辿り、インド、ネパールへ。さらに、チベット、ミャンマー、ブータン、タイ、中国など、仏教が広がった国々に足を運び、それぞれの地で修行僧たちに出会いました。


色や形の違いはあれど、それらの国々で見た仏教僧は、やはり皆等しく袈裟を身に着けていました。
世界中の仏教僧が、ほぼ同じものを身に着けているって、なんだかとても不思議なことだと思いませんか?お釈迦さまが生きておられたときから2500年以上も経っているのに、どうして誰も袈裟を手放さなかったんだろうって、とっても感動したことを覚えています。
ご存じのように、仏教は、インドから中国、韓国(当時の百済)を通って日本へ伝わってきたのですが、袈裟も同じように伝わってきました。日本の袈裟だけではなく、世界中に存在する袈裟も、その源流を辿れば、間違いなくお釈迦さまのおられた時代のインドへと繋がります。

それぞれの国の人々が、思いつきで突然に作り出したものではありません。お釈迦さまの教えとともに、しっかりと守り伝えられてきたのが、袈裟なのです。
仏教を信じる者にとって欠かすことのできないもの。それこそが「法衣」、すなわち「袈裟」なのです。
どうですか?
なんだか袈裟の秘密について、もっと知りたくなってきましたか?それならきっと、利左衛門じいさんも喜びます。
では、なぜ袈裟は、これほど特別なものとして大切にされてきたのでしょうか。
仏教を信じる者の「旗印」のように扱われてきたのには、きちんとした理由があります。
次回はそんな袈裟の誕生に関わるエピソードをお伝えします。

■ 次回は5月配信予定!お楽しみに!
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