2026.04.17
前回お届けした「円満寺」から、「勝負運」に効くと名高い「伊佐爾波神社」にも足を伸ばしてみました。
道後温泉本館から東へわずか数分。
道後温泉駅からは、一直線。温泉街の賑やかな通りを抜け、少し歩いたところに現れる真っ直ぐに伸びた高い石段。
道後の総鎮守として名高い「伊佐爾波(いさにわ)神社」があります。同じく道後温泉周辺にある「圓満寺」が「映え」と「癒やし」の寺として親しみやすかったのに対し、ここ伊佐爾波神社は、豪華な社殿が荘厳な空気を纏っています。
「伊佐爾波(いさにわ)神社」といえば、135段あると言われる石段。正直、この石段は少し怖かったです。
ただその先には、全国に三ヶ所しかない貴重な建築美と、道後の街を一望できる絶景が待っていました。
今回はその石段の先に秘められた、奥深さを一緒に楽しんでいきませんか。
伊佐爾波神社は、平安時代にはすでに記録に現れる由緒ある古社です。

創建は、詳細こそ不明なものの、清和天皇(858-876)の時代に奈良大安寺の僧・行教が伊予の国司に請い、道後に八社八幡宮を建立した中の一社です。神功皇后・仲哀天皇御来湯の際の行宮(あんぐう)跡に建てられたといわれています。
平安時代の『延喜式』にもその名が記されている、格式高い神社です。
主祭神は、
神功皇后(じんぐうこうごう)
応神天皇(おうじんてんのう)
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
三柱姫大神(みはしらのひめおおみかみ)を祀っています。
もともとは現在の道後公園(湯築城跡)にありましたが、建武年間(14世紀前半)頃、河野氏が湯月城築城に際して今の地に遷し、道後七郡の総守護となりました。

現在の壮麗な社殿は、江戸時代初期に松山藩三代藩主・松平定長によって造営されました。
江戸城で弓の競射を命じられた松平定長公は、当時の湯月八幡宮に「石清水八幡宮と同じ建物をお建て致しますので無事に的を射させてください。」と祈願しました。そんなある夜に、夢枕に八幡様が立ち、お告げを受けました。
弓の競射の当日、金の鳩が目の前で飛び立ち、これこそ八幡様の思し召しだと弓を放ち見事命中!
この成就を受け、京都の石清水八幡宮を模して、現在の社殿に建て替えられました。
京都の石清水八幡宮、大分の宇佐神宮と並び、全国に三例しかない整った「八幡造り」の社殿となり、本殿・楼門・回廊など建築群が国の重要文化財に指定されています。
参拝者の心を試してくるような石段を登りきった参拝者を迎えるのは、鮮やかな朱塗りの楼門。そして、それを取り囲む回廊です。

最大の特徴とも言える見上げるような石段は、全部で135段あります。
一段ずつ踏みしめて登るこの時間は、きっと日常の喧騒をリセットし、神域へと心を整えるための大切なプロセス、登りきってから振り返ったときに眼下に広がる景色は、挑戦した者だけが味わえる特別なご褒美です。
高所が苦手な方はあまり後ろを振り返ることなく足を前に進めることがおすすめです!手すりはありますが、立ち止まるのもちょっと怖いと感じました。一気に登りきることも大事かもしれません。
石段下には大正14年に道後温泉の有志で町中で力を合わせて登りやすいようにと改造工事をした記録が残ります。道後温泉で大切にされてきた「伊佐爾波神社」の歴史を感じました。
伊佐爾波神社は、本殿とその周辺すべてが国の重要文化財に指定されています。最大の特徴は、全国に三例しかない「八幡造(はちまんづくり)」という非常に珍しい様式であることです。
建築は江戸時代初期ながら、桃山時代の遺風を継承しており、金箔をはった円柱、彫刻された蛙股(かえるまた)、海老虹梁(えびこうりょう)など極彩色の豪華な建造は、飛騨の職人集団が腕を振るったと伝えられています。
その豪華絢爛な姿は「東洋の宝石」と称されることもあるのだとか、今回しっかり動画も撮影させていただきました。とても目に鮮やかでした。
135段を超えた先に、道後が誇る鮮やかな「聖域」が広がっていました。

伊佐爾波神社は、単に美しいだけの場所ではありません。ここには、かつての日本人の「知性」と「武勇」が息づいています。まさに文武両道の地です。
回廊を歩くと、板に数式や図形が描かれた不思議な絵馬が・・・。とても気になる!
現在は写真だけの公開ですが、これは「算額(さんがく)」と呼ばれる江戸時代、数学(和算)の難問を解いた人々が、神への感謝と自らの実力を示すために奉納した絵馬です。

伊佐爾波神社には22面もの算額が保存されていて、これも全国的にもトップクラス!
かつての道後が、ただの温泉地ではなく、高い教養を持った人々が集う文化交流の場であったことを示しています。
主祭神として八幡様(応神天皇など)を祀るこの神社は、古くから「勝負の神様」として信仰されてきました。
必勝祈願、学業成就、心願成就。
135段の石段は、その願いを叶えるための「最初の一段」として、多くの受験生や勝負事を控えた多くの人々を後押ししてきたことでしょう。
社殿をぐるりと囲む回廊は、歩くたびに朱色の柱が重なり合い、万華鏡のような幾何学的な美しさを見せてくれます。
こちらもSNSなどで人気のフォトスポットでもありますが、ここではぜひ一度立ち止まって、ぐるりと周りを見回してみてください。
その本殿の美しさはもちろん、隅々まで趣向の凝らした建築が確認できるはずです。
ゆったりと歩くことで見えてくる、伊佐爾波神社のもう一つの顔が、この回廊にありました。


楼門の前からは、道後温泉本館の屋根や、松山市内のビル群、そして遠くには瀬戸内海までを見渡せる日もあります。
ここは、道後という土地の「守り神」として、千年以上もの間、人々の営みを見守り続けてきた場所です。その視線の先に立つことで、自分もまた道後の長い歴史の一部になったような感覚を味わうことができました。

ここで、同じく道後温泉の周辺にある圓満寺との関係にも触れてみましょう。
圓満寺が、その名の通りあらゆる縁を丸く収める「円満(静)」を司る場所であるなら、伊佐爾波神社は、自ら困難を乗り越え、未来を切り開いていく「意志(動)」を司る場所のように感じられました。
135段の石段を自分の足で登りきり、壮大な社殿の前で深呼吸をする。
恋愛も、仕事も、人生も——ただ願うだけでなく、自ら動くことで、はじめてご縁が動き出すのかもしれません。
神様は、きっと努力した人にそっと手を差し伸べてくださるもの。
「静」と「動」、そのどちらにも護られている道後温泉には、SNSに映るだけではもったいないほどの力が、静かに満ちていました。
SNSをきっかけに「行ってみたい!」と思うことは、もちろん素敵なことです。
それだけ、この場所に人を惹きつける力があるという証でもあります。
けれど実際に訪れてみると、1200年を超える歴史が積み重ねてきた、圧倒的な空気に包まれていることに気づかされます。
その空気を象徴するのが、あの135段の石段です。
自らの足で、一段ずつ登りきる。
勝負を、自らの意志で引き寄せる。
何かを掴み取りたい人にこそ、訪れてほしい——そんな場所だと感じました。
温泉で温まった身体に、心をきゅっと引き締めるような体験。
色彩豊かな圓満寺と、圧巻の朱の社殿。
この両者がそろってこそ、道後という土地の多層的な魅力は完成します。
道後温泉本館で身体を清め、圓満寺でご縁を見つめ、伊佐爾波神社で一歩を踏み出す。
この巡りこそが、道後の醍醐味です。
これから登る135段が、あなたにとって新たな一歩となりますように。

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