2026.10.18
こんにちは、お寺仏像研究家でお笑い芸人のみほとけです。
早いもので第三弾となった今回では「秩父三十四観音霊場」の「午歳総開帳」についてご紹介します!

秩父札所10番 大慈寺
2026年ならでは、十二年に一度のご利益大解放のお祭りが行われているのはご存知ですか?歴史ある観音様のお寺が一斉に34ヶ所ご開帳しているという貴重な機会です。
今年みほとけが激推ししているご開帳です。
めちゃくちゃ良いんですよ。
気持ちよくて、秩父のことが好きになるんです。
3月18日から始まっていたんですが11月30日でご開帳は終わってしまうのです。あぁ。
記事の公開時期からは、1ヶ月ちょっとを残すのみとなりました。
いや、まだ間に合う!
この記事を読んでから巡ったら
素晴らしい巡礼になること間違いなし。アナタも秋の旅シーズンに、秩父へお出かけしてみてはいかがでしょうか?
今回の「いまこそ仏像!」は、内容も写真も盛りだくさん!ということで、
前編・後編の2回に分けてお届けします。
前編では、そもそも「秩父三十四観音霊場」とはどんな場所なのか、その歴史や成り立ち、秩父ならではの魅力をご紹介。
後編では、12年に一度の「午歳総開帳」のご利益やお参りの仕方、実際の巡り方、楽しみ方まで、より実践的にご案内します!


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秩父三十四観音霊場とは、
埼玉県の秩父地域(秩父市、横瀬町、皆野町、小鹿野町)に点在する観音様のお寺を34ヶ所巡る祈りの旅のこと。
西国三十三所、坂東三十三観音、と合わせて「日本百観音」と言われます。
この3つ、ぜひ覚えてくださいね。
人生行き詰まって困った時にきっと助けになってくれるに違いないです(※真剣な眼差しで)。
元々、観音様のいらっしゃるお寺を33ヶ所巡る文化というのは、西暦718年に始まった「西国三十三所」が元祖です。
これが巡礼文化の日本最古で、有名な四国のお遍路よりも古いんです。
ちなみに私みほとけは『西国三十三所のPR大使』をしております(※3年目‼︎)なので、まずは観音様の巡礼文化というものの紹介から丁寧にしていきますね。

秩父34番水潜寺
当時、徳道上人(とくどうしょうにん)という
とても徳の高かったお坊さん(※名前の通り)が、
仮死状態に陥った時、冥界で閻魔大王に出逢います。
その時、閻魔大王は徳道上人にこう告げます。
「最近地獄に落ちる人が多すぎて、手に負えないんだわ。ここに観音様の最強の宝印(ほういん;法力が詰まった印)を33個授けるから、人がちゃんと生きてるうちに救われるようにして~」
閻魔大王、相当ご苦労なさってたみたい。
人間、罪深いみたい。
ということで大きな役目を背負った徳道上人ですが、当時はまだ仏教が日本に普及していなかったのでうまく機能させることができず、中山寺の石櫃に「いつか時が来たらこれが復興されますように」と仕舞い込みます。
そこから270年後、平安時代中頃。
仏道への精進が凄まじかった花山法皇がその石櫃の33個の宝印を見つけて、西国の33ヶ所の「霊験あらたかな観音様お寺=霊場」を制定し、宝印を授けて、復興されます。
そのすべての観音霊場を巡る旅路が、「西国三十三観音霊場」です。
観音様のご利益は「今の苦しみを除いてくれること」。
そんな観音様が出現している33ヶ所のお寺をめぐって33の宝印を集める巡っていく=巡礼(じゅんれい)が始まります。
ドラゴンボールみたいでしょう。
これは山間を歩いて修行するお坊さんによって道々がどんどんが開かれ、ついに天皇、貴族の間で観音様へお願いをするというブームが起きます。
観音様への祈りが平安時代から蓄積されている、壮大な巡礼なのです。
混同されがちな四国八十八ヶ所の”お遍路”は弘法大師の足跡を辿る道ということで由来が別物なので要注意です。

西国三十三所PR大使就任式
平安時代に広まった西国三十三所は、鎌倉時代になると、鎌倉幕府の手で関東一円に”西国にならってそれ相応の観音様の霊場”が制定されたのが、坂東三十三観音霊場。続いて、庶民の手で秩父地方一円に観音霊場が移されたのが、秩父三十四観音霊場!!
西国は貴族、坂東は武士、秩父は庶民の手で誕生したというのが重要なポイント。
秩父三十四観音霊場は
1234年(※覚えやすい)にできた歴史ある霊場です。
始まった年が午年だったので、
それから十二年に一度、午年に一斉にご開帳しよう、という伝統が始まりました。
秩父観音霊場が特に人気が出たのが江戸時代。この時代は多くの庶民からも観音信仰があつくて、観音様のご利益に預かりたいという人が大勢いました。
なんで秩父は33より1ヶ所多いの?
と思いますよね。
日本にはあらゆる土地で「〇〇三十三観音霊場」が誕生していったのですが秩父は特に人気が高くて目立っていました。
西国・坂東と鉄壁の人気と伝統を誇る観音霊場に見合うだけの存在感があって、「日本百観音」と一括りにするために、途中で1個増えたのです。
元々33ヶ所の制定だったのですが、500年ほど前から34ヶ所になっています。
筆者の考察ですが、「合わせて100ヶ所にしたらしっくりくるよな~~」って
思う人が秩父に大勢いたのでしょう。
無理やり増やしたのではなく、
霊場になりうる素晴らしい観音様のお寺が34ヶ所あるという事実は揺るぎません。


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人気が出た理由はいくつかあって・・・・
つまり関所を超える面倒な手続きが必要ないので、江戸の人たちにとってはアクセスがとても良かったのです。
しかも、江戸から遠すぎず近すぎずの、の距離感。
人気ゆえ、秩父には旅の巡礼者をお迎えする民宿が自然発生的にたくさんできていきました。いまだにその名残として旅館になっていたりします。
今でも池袋から特急ラビューに乗れば1時間ちょっとです!
ちょうどいい遠さ~~~

特急ラビューの車内 窓が巨大

秩父2番 真福寺
秩父は秩父地方の1市3町で総距離100km。
西国の2府5県にまたがる総距離1000kmくらい、
坂東は関東1都6県の総距離1,300kmくらい
車で2泊3日で巡れるし、徒歩でも1週間あれば巡れます。
やっぱり秩父は短い。
秩父の街全体がジオパークになっているんです。
太古に海底に沈んでいた地層が隆起してできている街で、不思議な形をした岩や綺麗な水が滲み出る場所が多数あります。
例えば、タフォニという海底の地質が隆起したからこその不思議なあなぼこや、

秩父31番法性寺 観音堂の裏にあるタフォニ
28番橋立堂は80m級の崖があって、その真下に鍾乳洞があります↓。


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巨大な岩が平地に転げ落ちてきた場所の上に観音堂が立っていたり。
また、一番重要な信仰の場所が、武甲山。

遠くの三角形の山が武甲山
札所会の会長さんにお伺いすると、富士山から武甲山、秩父神社、そして三峯神社へと一直線に繋がっているんだとか。いわゆるレイラインというやつです。
観音様のいる秩父の三十四ヶ所のお寺(札所と言います)はみんな武甲山を望むように立っています。
武甲山には、熊野権現や蔵王権現など山間で修行をする方々の信仰する神が祀られています。
つまり、
修行に適した観音様の力が感じられる素晴らしい土地が元々あって
観音様が祀られて地元の人に拝まれていた。
それが、観音霊場という形でひとまとまりに制定された。
そういう経緯です。
だから!
秩父三十四観音霊場は、巡り甲斐があって楽しいのです。
※本記事の後半でお写真を紹介しますね。
そんな、34ヶ所の本尊の観音様、普段は扉が閉じていて秘仏なのですが、この度午年にだけ一斉にご開帳しているのが午歳総開帳なのです!!!
さて、ここまで読んだら気になるのは、
「午歳総開帳って実際に何をするの?」
「どうやって巡ればいいの?」
というところですよね。
後編では、お手綱を使ったお参りの仕方や観音様のご利益、
御朱印、巡礼にかかる日数や予算、
さらに2026年ならではのお楽しみまで、
実際に巡ったみほとけが徹底解説します!

4番金昌寺


みほとけ
元アイドル・元ミス鎌倉。2018年より仏像好き芸人として活動。年間500以上の寺院を巡り、拝観した仏像は1万体超。テレビ出演や講演などを通じて、仏像とお寺の魅力を発信している。