2026.07.17
神社やお寺の近くには、必ずと言っていいほどその場所にちなんだ歴史ある食べ物が存在する。それらは間違いなく門前を支えてきた、いわば神社や寺院の魅力の一部である。
神社やお寺への参拝をおすすめする巡縁だが、そのきっかけの1つに“美味しい体験”を加えるべく、この度、さまざまな門前文化を紹介することとなった。
初回となる今回、お話を伺ったのは、秀長の菩提寺である【春岳院】の近くにある老舗和菓子店「本家菊屋」。
現在放送中の大河ドラマ「豊臣兄弟」とも所縁の深いこの店は、ある和菓子の発祥の地とも言われている。奈良の有名寺院とも関係の深いこの店で、名物「御城之口餅」のエピソードを聞いた。
——去年の十月ごろから、異常なペースで取材依頼が増えてきました。
そう語るのは、奈良で長年にわたり社寺文化と向き合ってきた、本家菊屋の二十六代目・菊屋英寿(えいじゅ)こと、菊岡洋之さん
さん。テレビ番組や雑誌など各種メディアから、これまでにない頻度で連絡が来るようになった。きっかけは明白、大河ドラマ「豊臣兄弟」だ。
豊臣秀吉の弟・豊臣秀長を主人公に据えたドラマは非常に好評で、晩年を過ごした奈良県大和郡山市への注目が一気に高まっている。3月にオープンしたばかりの史跡の入場者数も、すでにうなぎ上りだそう。
さて、今回話を聞いた本家菊屋は、そんな大河ドラマの主人公兄弟にとても所縁が深い菓子を作っている。その名も、「御城之口餅」だ。

当代で二十六代目という、菊屋洋之さん。ところが、お店の始まりを伺うと、
——どこから来たのか、誰も知らないんです。
と、驚きの返事が返って来た。創業の年として伝わるのは天正十三年だが、それでは二十六代目という数字が合わない。
茶道三千家の家元が利休から数えて十五~十六代目というから、それよりも十代以上前。一代あたり25年から30年と見積もっても、250年〜300年ほど歴史を遡ることになる。
つまり、700年以上前から繋がってきたはずだ。
——元々は別の場所で商売をしていて、こちらに移って来たのかもしれません。もしかしたら、秀長一行が以前の領地である姫路から大和地方に入ってくる際に、一緒について来た可能性もありますね。しかし、確かなことは記録が残っていないので、誰も知らないのです。
では、記録に残る天正十三年には、一体何があったのだろうか。
きっかけは、豊臣秀長であった。兄である秀吉をもてなすために茶会を行った秀長が、兄を喜ばせるために「何か変わったものを作ってくれないか」と依頼された。
そこで用意されたのが、粒あんを包んできな粉をまぶした餅であった。この菓子を大いに気に行った秀吉が、その場で菓子をこう名付けた。
「うぐいす餅じゃ!」

こうして、春を告げる和菓子の定番、うぐいす餅が誕生した。
ところが、当の本家菊屋ではこのお菓子はうぐいす餅とは言わず、「御城之口餅」という名で売られている。菊屋英寿さんが想像するところによると、
——時代がすぐに徳川の世となり、秀吉にちなんだ名前を大々的に打ち出すのは、はばかられる空気があったのかもしれないですね。
とのこと。当時から大和郡山城の入り口に位置していた菓子屋で売られていたことから、「御城の口の餅」と呼ばれていた通称が、そのまま菓子の名前として採用された。
ところで城下町として知られる大和郡山市であるが、実は寺の数も多い。面積あたりの寺の数を考えると、奈良は京都よりも寺が多いのだという。
そして、寺の文化を支えてきたのが、他でもない本家菊屋をはじめとした菓子店であった。
——行事やお寺のお茶会に合わせて、色々なお寺さんにお菓子をお納めしています。
行事ごとがあると、必ず声がかかる。お供え物やお土産で用いられるのは、当たり前のように和菓子だ。また、寺では茶会が開かれることも多い。

——後でお店の天井を見ていただきたいのですが、ずらりと木型を並べています。特にお寺さんには、寺紋入りのお菓子をよくご注文いただきます。
大和郡山の寺院からはもちろん、奈良市内、時には京都の寺院からも依頼があるという。さらに、
——今はお出しできていないのですが、以前は店先でお茶と一緒にお菓子を召し上がっていただいていました。
先日も一人旅の女性が、季節の練り切りを食べながら春岳院でもらった御朱印を眺めていたそうだ。春岳院で秀長の菩提を弔った帰りに、秀長が愛した餅を食べる。贅沢な時間だ。
寺院参拝を終えた後で和菓子を食べながら一休みする光景は、今も昔も変わらないのかもしれない。

さて、インタビューも終わり、いよいよ和菓子を見るために実店舗へ伺った。
本家菊屋の本店は、まるでタイムスリップしたかのようなレトロで趣のある佇まいだ。先ほど話題にも上がった天井の木型。歴史の数だけ、この木型があるのだと感じさせる圧巻の光景。眺めているだけでも楽しくなる。

店頭に並ぶお菓子を見る。まず目を引いたのは、御城之口餅のパッケージ。老舗でありながら、そのデザインは驚くほど斬新でかわいらしい。ピンクをベースにした箱に、大和郡山城が描かれている。よく見るとそこから橋がかかり、一軒の建物につながっている。
——大和郡山城が桜の名所なので、この色にしてみました。そしてこの建物が、菊屋です。
なるほど、城の口に立つ茶店だ。
店頭に並ぶ他の菓子のパッケージも美しい。「鹿もなか」や、焼菓子「菊之寿」のパッケージは、
——正倉院文様を使っています。
という、何ともモダンなデザイン。古いものなのに、新しくも感じる。時代が変わっても、良いものは良い。思わず手土産用にと、「御城之口餅」や「菊之寿」を複数個購入してしまった。

帰宅後、いよいよ「御城之口餅」をいただいた。
菓子自体は、非常にシンプル。きな粉をまとった、一口サイズの餅。口に入れると、香ばしいきな粉の香りがふわりと広がる。続いて、柔らかな餅の弾力。甘すぎない粒あんとの相性も良い。素朴であるのに、何とも上品な菓子だ。
カラフルなパッケージを見ながら、もう1ついただく。ふと、「不易流行」という言葉が浮かんだ。本質的なものは、おそらく400年の間、変わっていないと思う。
しかし、時代の変化に合わせて、様々なものを取り入れながら、今の形になっていったのだろう。小さな和菓子に、歴史が詰まっている。

最後に菊岡洋之さんが語ってくれた、「未来のお店」の話を思い出した。
——大和郡山を、奈良市内と斑鳩の通過点のままにしないよう、観光と⼀体となった拠点作りがしたいのです。
かつての大和郡山市は、まさに各方面から多くの人々が行き交うトランスポートハブであった。ところが人々が電車や車で移動するようになると、多くは観光地である奈良市内と飛鳥ばかりを訪れ、大和郡山は通過してしまう場所となってしまった。
その流れを変えるために構想しているのが、「拠点」としての本家菊屋。⼯場を移設した場所に広い売り場と駐⾞場を整備し、観光バスが⽴ち寄れるようにする。
——このお店を一企業ではなく、街の入口のような場所にしたいです。
そのイメージは、決して夢物語ではないだろう。400年以上前に生み出されたうぐいす餅が、大和郡山に春を告げてくれるかもしれない。

店舗情報
株式会社 本家菊屋(本店)
〒639-1134
奈良県大和郡山市柳1丁目11番地
・近鉄郡山駅から徒歩5分(大和郡山市役所前)
・TEL:0743-52-0035
・ 営業時間:9:00~18:30
奈良県内に本店を含む7店舗を展開しています。

長月稲(ながつきいね)
トラベル&フードを中心に活動するフリーライター。食べることと神社お寺を巡るのが好き。巡縁ではフード担当として、神社やお寺に深く関わる食べ物を紹介。
▷▷ライター|(グルメライター)長月稲