2026.10.09
皆さん、こんにちは。
二文字屋 利左衛門です。
よく旅に出たのは、20代半ばのこと。
多くの仏教国に出掛けましたが、ミャンマーはインドに次いで印象に残る、そんな国でした。
文化が違えば価値観も美意識も違う。
それは分かっているけれど、サングラスを付けたタモリさんのような仏像や、まるで射的の的のようなネオン飾りのお堂など、驚かされることばかり。
今回も、そんなミャンマー見聞録です。
ヤンゴンの北東200kmに位置するチャイティーヨー山。
目指すはその頂上にある黄金の巨石「ゴールデン・ロック」
今にも岩壁から転がり落ちそうな、不思議な黄金の巨石。正式には「チャイティーヨー・パゴダ」と呼ばれ、人々の信仰を集めています。ミャンマーの仏教徒たちが、死ぬまでに一度は参拝したいと願う聖地です。

筆者撮影|ゴールデンロック
ゴールデンロックは険しい山の頂上にあるため、参拝するだけでも大変な道のりです。
急坂を車で40分以上も登らなければなりません。
待っていたのは「〇〇石材店」と書かれた中古のオンボロトラック。
どうやら中古で輸入されたものらしく、日本を走っていたそのままの状態。
ご丁寧に電話番号まで書いてあります。
荷台に細い板が渡してあり、そこにギュウギュウ詰めに座ります。
シートベルトや安全装置など、そんなものはあるわけもなく。
石の代わりに人をぎっしりと詰め込んだ石材店のトラックは、ガードレールもない崖っぷちの急坂を猛スピードで走り出す。
「…旅行保険、入っておいてよかったかも」

参考写真:ゴールデンロックへ向かう際に利用されるトラック(写真:Christophe95 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0)
太陽に照らされたゴールデンロック。黄金の巨石はキラキラと輝き、今にも落ちそうでありながら絶妙なバランスを保っています。
押せばたしかにグラグラと揺れる。その下を見れば、竹ひごに付けられた紙幣が一緒にゆらゆらと動く様子を見ることが出来ています。
巨石の上には仏舎利があり、その中にお釈迦さまの聖髪が納められているのだとか。
落ちそうで落ちないその理由は、その聖髪の力だと信じられています。
そんな不思議な巨石のパワーにあやかろうと、多くの参拝者が手を合わせ、熱心に祈りを捧げていました。
ゴールデンロックには、こんな言い伝えがあるのだとか。
「一生のうちに三度訪れたら、お金に困らない」
私はまだ一度だけ。三度も行けるでしょうか(笑)

筆者撮影|竹籤に差し込まれた紙幣が並ぶ
ゴールデンロックはとても有名な観光地ですので、各国からたくさんの観光客が訪れます。
実は、先ほどのトラックを降りてから一時間くらい山道を歩くのですが、荷物持ちを生業にする子ども達が、どうにかその日の仕事を確保しようと一生懸命に交渉してきます。
日本であれば小学校高学年くらいの子ども達。
「このカゴに荷物を入れろ」と、カタコトの英語と身振り手振りで伝えてきます。
私も、ひときわ元気で明るい一人の少年に半ば強引に荷物を奪われて、契約成立。
けれど全く嫌な感じはせず、いつも笑顔で楽しそうにしている、不思議な魅力をもった少年でした。
参拝する間はきちんと待っていてくれて、荷物に手を出すようなこともありません。
たくさん並ぶ土産物の屋台での買い物も、上手く交渉してくれます。
お互いに気持ち良く一日を過ごしてお別れしました。
「じゃあご縁があれば、いつかまたね!」

筆者撮影|カゴを持つ少年の笑顔
その翌朝。
ホテルを出ると、その少年が満面の笑顔で手を振っています。
どうやら一度荷物を預かったお客さんは、その子の専属になるらしく、当たり前のようにカゴを差し出してくる。
あっという間の「いつかまた」の再会になりました。
きっと朝早くから待っていてくれたのでしょう。
「俺、今日も頑張るからね」と、どこか誇らし気です。
その日も一日、身振り手振りで色々と話をして、すっかり仲良くなりました。
ほんの御礼の気持ちとして、屋台に売っていた英語の辞書と安いゲーム機をプレゼントしたのですが、それがこの旅一番の反省点になりました。
その子はすっかりゲームに夢中になってしまい、働くことを忘れてしまいました。
隙あらばゲームばかり。私の荷物が入ったカゴも放ったらかしです。
「将来の役に立つ」と思って選んだ辞書よりも、少年にとっては「いま楽しいもの」のほうがずっと魅力的だったのでしょうね。
楽しそうに遊ぶ姿を見ているうちに、また別のことに気付きます。
手に入れる前には無かった「もっと遊びたい」という気持ちや、「新しい電池が欲しい」という欲求も一緒に与えてしまったのかもしれない、と。
誰かのために良かれと思ってしたことも、本当に良かったのかは分かりません。
人に何かを与えるということは、とても難しいことだな…と痛感した、当時まだ20歳代半ばの私でした。

筆者撮影|「荷物を持ったまま、携帯型ゲーム機にすっかり夢中。」
さて、そんなゴールデンロックをあとにして、麓の町に戻った私が目にしたのは、
京都市バス50番「立命館大学行き」
え?ここ京都?
幼いころから、いつも家の前を走っていた、見慣れたバスです。
思わずそのまま乗って帰ろうかと思いました。
とはいえ、ここはミャンマー。
一体どこで停車ボタンを押せばいいのやら。
驚きと笑いと、そして少しばかりの反省をのせて。
あの市バスのように行く先を求めながら、ミャンマーの旅は続きます。
次回もどうぞお楽しみに。
それではまた。
■ 次回、第8話は2027年1月10日公開予定です。続きは新しい年に、どうぞお楽しみに。

参考イメージ:ミャンマーを走る元京都市バス
筆者プロフィール

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