2026.03.15
京都といえば、多くの観光客で賑わう場所というイメージが強い昨今。
中でも清水寺は、参道が人で埋め尽くされるほど混雑することもあると聞いていました。
ところが、参拝した2026年1月後半は、いつもよりゆったりお参りできるかも?という話を耳にしました。それは巡縁として確かめなくては!ということで、久しぶりに「清水寺」へ参拝してきたので、そのレポートをご紹介します。
清水寺は、京都市東山区にある北法相宗の大本山。
正式名称を「音羽山清水寺」といい、その名の通り音羽山の中腹に建立されています。

清水寺の開創は778年。奈良の子島寺で修行を積んだ賢心(けんしん/のちの延鎮)が、夢のお告げに従って音羽山を訪れ、瀧のほとりで修行する行叡居士(ぎょうえいこじ)と出会います。行叡から霊木を授けられ、その地を託された賢心が草庵と観音霊地を守ったことが、清水寺のはじまりと伝えられています。
その後、鹿狩りでこの地を訪れた坂上田村麻呂が、瀧のほとりで延鎮と出会い、寺院建立に協力。十一面千手観世音菩薩を御本尊として寺院を建立し、清らかに流れる瀧から「清水寺」と名付けました。
清水寺を象徴する建物といえば、本堂から崖へ大きく張り出した木造の舞台。「懸造り(かけづくり)」という技法で造られ、舞台を支える構造には釘を一本も使わず、木材を巧みに組み上げています。
柱の高さは約13メートルで、これは4階建てのビルに相当するそう。

床面積は約200平方メートルで、平成の大修理では166枚の桧板が張り替えられました。
この舞台からは京都市内を一望でき、春は桜、秋は紅葉と、京都らしい絶景を楽しめます。
「清水の舞台から飛び降りる」って、本当にあったの?
「清水の舞台から飛び降りる」という言葉がありますが、江戸時代には実際に舞台から飛び降りる人がいたと伝わっています。観音さまに願をかけ、高い舞台から飛び降りる風習が知られていたことが、このことわざの背景にあるそうです。
京都の中でも有数の観光地である清水寺は、アクセスもバツグンです。
京都駅から100系統または206系統に乗り、「五条坂」で下車。坂を上って徒歩約10分。
河原町・祇園方面からの場合、207系統に乗り、「清水道」バス停で下車。坂を上って徒歩約10分。
清水五条駅から徒歩で約25分
清水寺には、専用駐車場がありません。周辺には市営駐車場やコインパーキングなどがありますが、時期によっては混雑することもあります。清水寺公式サイトでも、できるだけ公共交通機関やタクシーなどでの参拝をおすすめしています。
正月からだいぶ過ぎた1月後半。観光という意味ではオフシーズンの京都に降り立ちました。
目的地はまっすぐ、清水寺!京都駅でも感じていましたが、確かに観光客の姿が、一時期に比べると少ないと感じていました。
参道に入って、歩みを進めることしばし。うん、確かに、少ない。

平日だったからというのもあると思いますが、当日はそこまで歩くのに困らない程度でした。
滝のように人が歩き、牛歩レベルにしか前に進めないという混雑をSNSで見ていたのですが、少なくともこの日の参道は、比較的ゆったり歩ける状況でした。
土産物店が並ぶ坂の参道を登りきると、真っ赤な仁王門が見えてきます。清水寺の正門に当たるそうで、いよいよここから参拝スタートです。

にゅっと伸びをした狛犬が目に入りますが、あれ?不思議なことに、どちらも「阿」の口をしています。通常の狛犬は「阿・吽」で、だいたいどちらかが口を閉じているのですが…
ちょうど修学旅行の学生さんを引率していたタクシーの運転手さんの説明を耳ダンボで聞いてみたのですが、特に理由は仰っていませんでした。気になりますね。ご存じの方がいらしたら、ぜひ教えてください。

続いて、西門の後ろに、三重塔が見えてきました。


まず、西門。
西門は、極楽浄土への入口の門とされ、ここから西山に沈む夕日を眺めて浄土を観想する「日想観(にっそうかん)」の聖所とされています。以前夕日の時間に来たことがありましたが、本当に見事でした。今でも忘れられない、京都の風景のひとつです。
そして、三重塔。街中からもよく見える、京都のシンボル的景色の1つですよね。三重塔では国内最大級の高さだそうで、立派でカッコイイです。
ちなみに、三重塔は1632年、西門は1633年に再建された建物で、どちらも重要文化財。仁王門はそれより古く、応仁の乱で焼失した後、1500年前後に再建されたとされています。さすがは清水寺、入口からサラっと重文続くって、すごすぎますよね…


この先は、拝観料が必要なエリアになります。

チケットを受け取って中に入ると、外国の方が大行列をしているのが見えました。どうも、「弁慶の錫杖」を持ち上げる力試しをしているようですが、大きい方は何と重さ96kgもあるそうです!

そんなのムリでしょ!?と思ってこっそり眺めていたら、絵にかいたようなムキムキの欧米人の方が、ふんっ!と持ち上げて、歓声が上がっていました。
おお~、インターナショナル弁慶ですねっ。もっとも、錫杖は弁慶が使っていたわけではなく、鍛冶屋さんが眼病平癒の御礼に奉納されたものだそうです。


本堂の正面に入ると、そこには舞台が広がっていました。崖の上に立つ舞台、やっぱりすばらしいです。
観光バスのガイドさんの説明が聞こえてきて、京都の景色とともに楽しませていただきました。「向かい側は、清水山墓地や鳥辺野という葬送地があるお墓エリアで~」という説明が印象的でした。
多くの人で賑わう清水寺のすぐそばに、古くから人の最期を見送ってきた場所があるのだと思うと、不思議な気がします。
しばらくボーっとした後、本堂の中へ移動。靴を脱いで入ることができます。少しだけ並んだ後、鐘をついて参拝。本堂内で観音さまに手を合わせ、静かにお参りさせていただきました。清水寺の御本尊・十一面千手観世音菩薩は秘仏としてお祀りされています。
本堂参拝を終えて阿弥陀堂へ進む途中、縁結びで有名な地主神社があります。しかし地主神社は現在、社殿修復工事のため閉門中。公式サイトによると、工期・開門時期ともに未定となっています。
縁結びの神様として、大人気スポットでしたから再開が待ち遠しいですね。
ここで道は二手に分かれます。右手の階段を下りていくと音羽の瀧の方へ出られますが、もう少し参拝を続けることにして阿弥陀堂の方へ向かいました。
ここで、御朱印所を発見。
御朱印帳を持っていなかったので、紙の御朱印(書き置き御朱印)をいただきました。
阿弥陀堂を参拝する前に、横から舞台を眺めます。
ここから見ても、荘厳です。


一方の阿弥陀堂もステキです。舞台がすごすぎるのでつい見落としがちですが、入母屋造りで檜皮葺という、すごくかっこいい造りをしています。
“浄土宗の開祖・法然上人が唱導した常行念仏が日本で最初に行われた場所”とのことで、法然上人二十五霊場第十三番札所にもなっているそうです。
その隣には、奥の院があります。本堂と同じく舞台があったりして、こちらもなかなかステキな建物です。
奥の院からぐるりと回り、山を下っていきます。
すると途中で、「子安塔」という場所に続く道を見つけました。ほとんどの方がスルーしていますが、どうも景色がよさそうです。

せっかくなので行ってみると、こちらもなかなか立派な塔でした。
聖武天皇・光明皇后の祈願所と伝わる場所だそうで、安産の御利益がいただけるとのこと。
そして、想像通り、こちら側から見ると、真正面から舞台を見ることができます。人も少ないので、かなりの穴場でした。写真スポットとして、おすすめですよ。

再び坂を下っていくと、音羽の瀧に出ました。

清水寺ができたきっかけとなった場所で、今は3筋に分かれて落ちるようになっています。
外国人観光客の方の多くが、体験していましたが、結構遊んでいる感じでした。長い柄杓で水をかけるとか、確かに子どもとか大はしゃぎですよね。
最後に、舞台を下から見上げました。

もう本当に、正面で見ても横から見ても下から見ても、美しいです(どこかで聞いた…?)
この舞台をゆっくり見られただけでも、大満足の参拝となりました。
参拝を終えた後、「久しぶりに清水寺に行ったよ」といろいろな人に話すと、「いいねぇ、修学旅行で行ったきりだ」という返事が大半でした。
修学旅行の清水寺といえば、参道のお土産物を見て、「舞台すごーい」と友達と大はしゃぎして、柄杓を持って写真を撮った、そんな断片的な記憶しか残っていない場所。そんな、ただのお寺のひとつでしかなかった場所が、大人になって訪れると、まるで別の場所のように見えました。
舞台のすばらしさ、1200年も続く祈り、そして境内の空気感。
人生経験を積んだからこその味わい方ができる清水寺は、自分が大人になったことが再確認できる場所なのかもしれません。
観光客が落ち着いているこの時期に、学生時代の清水寺を、ぜひアップデートしに参拝してみてください。
〒605-0862
京都市東山区清水1丁目294
